俳句、川柳、和歌、狂歌、盆踊歌 （村瀬忠太郎 蕎麦通 昭和5年）　　

俳句

　三日月の地は朧なり蕎麦の花　　　　　芭蕉
　蕎麦はまた花でもてなす山路かな 　
　刈跡や物に紛れぬそばの茎 　

　やがて見よ棒くらわせん蕎麦の花　　　宗因

　我のみの柴折くべるそば湯かな　　　　蕪村
　道の辺や手よりこぼれて蕎麦の花
　落る日のくゝりて染まる蕎麦の茎
　蕎麦刈りてゐるや我ゆく道のはた
　故郷や酒はあしくもそばの花
　根に帰る花や吉野の蕎麦畑
　宮城野の萩更科のそばにいづれ
　秋はものゝ蕎麦の不作もなつかしき
　柿の葉の遠く散り来ぬ蕎麦畑 　
　黒谷の隣はしろし蕎麦の花 　

　蕎麦国のたんを切つゝ月見かな　　　一茶
　我里は月と仏とおれと蕎麦

　横雲やはなればなれのそばの畠　　　其角

　肌寒きはじめに赤しそばの茎　　　　惟然

　花そばや薄紅の後墨ごろも　　　　　支考

　花そばや立出て見れば真白なる　　　几菫

　山越えて三島に近しそばの花　　　　子規

　帰り見れば蕎麦まだ白き稲みのる　　漱石

　あゝ蕎麦ひとり茅屋の雨を臼にして　鬼貫

　大根は隣に青しそばの花　　　　　　蘆錐

　此頃の銀河や落ちてそばの花　　　　青蘿

　馬の背の高きに上りて蕎麦の花　　　移竹

　そばの花横日に茎の赤みかな　　　　百明

　そばの花法師ばかりの通り道　　　　王郎

　柿の木は家の名残よそばの花　　　　波静

　木の下にてゝら干したりそばの花　　道彦

　梵論々々（ぼろぼろ）に逢ふたばかりや蕎麦の花　鳳朗

　棚橋や夢路をたどるそばの花　　　　素堂

　痩寺や十歩の庭にそばの花　　　　　梅屋

　城跡の一段高しそばの花　　　　　　雅因

　花そばに昼も露ふる山辺かな　　　　長翠

　こぼし行く鱶（ふか）の生血やそばの花　　雪桂楼

　そばの花桜の志賀の嵐かな　　　　　乙州

　蕎麦の花大和島根（やまとしまね）のくもり哉　　　　才麿

　蕎麦畠すぐに浅間に蒸せけり　　　　曲言

　古そばやあかでも人になつ大根　　　杉風

　芝の戸や蕎麦ぬすまれて歌ををよむ　史邦

　刈蕎麦の跡の霜ふむすずめ哉　　　　桐実

　蕎麦切に吸物もなき寒さ哉　　　　　利牛

　起こせし人は逃げけり蕎麦の花　　　車傭

　水かれがれ蓼（たで）歟（か）あらぬ歟そば歟否（いな）歟　蕪村

川柳

無極庵蕎麦

　仲直り無極を借りて手打ちなり　　（文政）

　打音もこんとんとして無極庵　　　（同上）

玉屋蕎麦

　お職は花巻山下の角玉屋　　　　　（文政）

　釜前の炎と見える角玉屋　　　　　（天文）

　御縁日敷初程にかつぎ込み　　　　（文化）

稲荷蕎麦

　沢蔵主（たくぞうす）天麩羅そばがお気に入り　　（文政）

団子坂薮そば―笹屋うどん

　団子より坂に名高き手打ち蕎麦　　（文政）

　薮と笹とで名の高い蕎麦饂飩（うどん）　　　（同上）

　音のない滝は笹屋の門にあり　　　（同上）

道光庵そば

　道光庵草をなめたい顔ばかり　　　（拾遺）

　湯のわきさうな庵にて蕎麦を食い　（天保）

　道光庵人柄のいゝ買ひぐらい　　　（明和）

　道光庵寺役で二日とツばづし　　　（文化）

　道光庵寺号があれば深大寺　　　　（安政）

正直そば

　正直は四つ手万八舟で見る　　　　（文化）

　正直のそばから見える嘘の屋根　　（同上）

　正直のそばで息子をだましてる　　（同上）

翁そば

　めん箱の沢山にある翁そば　　　　（文政）

　後ろ合わせで食ってゐる翁そば　　（同上）

　翁から連立って行く櫓下　　　　　（文化）

　翁そば葱は白髪のちぢれつ毛　　　（天保）

福山そば

　福山は楽屋（がくや）粗相（そそう）かつぎ込み　　　　（文化）

　舞台の笑ひ三階へ福来る　　　　　（同上）

　間のわるい役者蕎麦屋の一旦那　　（同上）

　一言絶句楽屋中そばだらけ　　　　（文政）

　台詞のつなぎのびたのが蕎麦になり（同上）

　村境福山むかし木戸の側　　　　　（天保）

　福山はみんな揉まれた人ばかり　　（宝暦）

　福山へぶたれたやうな人だかり　　（天明）

　福山はちとあやふやの傘も貸し　　（宝暦）

新川猩々（しょうじょう）庵

　猩々の白髪翁のそばで食い　　　　（文政）

　新川に猩々庵はうつてつけ　　　　（同上）

　新川の猩々庵は白髪なり　　　　　（天保）

坊主そば

　坊主そば同朋町の者（しゃ）に食わせ　　　（文政）

小倉そば

　三十二文で名の高い小倉そば　　　（文政）

深大寺そば

　棒の手を馳走に見せる深大寺　　　（寛文）

　深大寺棒の上手を客に見せ　　　　（文化）

　深大寺とちめん棒で馳走する　　　（同上）

　深大寺直に打つのが馳走なり　　　（天保）

釣瓶そば

　あの四つ手一分しめたと釣瓶蕎麦　（天明）

　乗付けは釣瓶そばあたりでおろし　（安政）

夜蕎麦売り

　夜そば売り駆落（かけおち）者に二つ売り　　　

　夜そば売り立聞きをして三声呼び

　夜そば売り猪口で手水をかけてやり

　そばの声戸もなんばんを掛けるころ（天保）

雑詠

　五六人手打で済ます安喧嘩（けんか）

　客も働く草庵の手打ちそば

　砂のもるような暖簾（のれん）へ蕎麦と書き

　お手打ちになるとは知らで蕎麦の花

　新そばや辛味臭味も味の内

　二度添ひをして蕎麦掻きを継子（ままこ）にし

和歌

連歌（懐子集）

　饂飩（うどん）ものぶる絵莚（えむしろ）のうへ

　梅干のすゐさんながらまじはりて

同（香川影樹）

　信濃なるきそばのしろき月の色をくだけぬさきの花に見すらむ

狂歌（古今著聞集）

澄恵（ちょうえ）僧都（そうず）の坊の隣なりける家の畠に蕎麦植えて侍りけるを、ある夜盗人皆引いて取りけるを聞きてよめる。

　盗人は長袴をや着たるらんそばを取りてぞ走り去りぬる

同（同上）

道命（どうみょう）阿闍梨（あじゃり）修行しありきけるに、やまざとの物を食わせたりけるを、是は何物ぞと問ければ、かしこにひたはえて侍るそまむぎなん是なりと云うを聞きてよみ侍る。

　ひたはえて鳥だにすゑぬそまむぎにしつゝきぬべきこゝちこそすれ

同（今昔狂歌集）

沢庵和尚の許にある人蕎麦粉を贈りて
　子供すら持たぬ法師の身にしあれば蕎麦粉を以て申入れ候

同返し

　蕎麦粉とて賜るからは我が子なりまゝこにすなと申付け候

同

同

須磨の浦にて敦盛蕎麦を食いて、（行誠上人）
　あつらへて打たせ給へる蕎麦なればかへさせたまへかへさせたまへ

同

ある蕎麦屋の主人、歯の落ちたる夢を見たれば祝いくれよとて頼みければ（平秩東作）
　夢に歯のぬける拍子も手打ち蕎麦ただ売口の広まりやせん。

同（われおもしろ）

　玉川を渡る旅人下帯のそばきり色に恥やさらさん

同（職人歌尽）

　てうさいのこしきのうえのあつむぎのむしあけのせとの月わたる見ゆ

盆踊歌（小諸地方）

　信州信濃の新そばよりもわたしゃあなたのそばがよい