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寝覚蕎麦 しかし中央線の鉄道が開通してから、木曽街道の旅は極めて旅気分を失った。あわただしいものに変っているから、寝覚を見物するにしても、汽車の時間を気にしているので、一向に落ち着いてはいられない。したがって名物の蕎麦も、ただ啜り込んでしまうのだから、旅は気分であると共に、その土地土地の名物の味もやはり気分によって、うまくもまずくも味われる。 木曽の寝覚は絶景である。その絶景を展望し得る街道の旅館
御嶽蕎麦 御嶽の勝を訪れた人に対して、格別他に馳走するものがないために、その蕎麦を打ってもてなしたのが、次第に評判になったに過ぎない。御嶽は甲府から四里、山を登って訪れた人の咽喉をうるおす清冽な水以外には、空腹を満たすこの蕎麦ぐらいが馳走になっていた関係上、評判になったに過ぎない。そして仙境御嶽が、世に紹介されるにしたがって、蕎麦が名物として数えられるに至ったのであるが、しかし山梨県下の蕎麦は、最近機械打ちが多くなった中に、御嶽蕎麦は依然として手打ちであるから、味は一般に比して、たしかに優れていることは事実である。 蕎麦切りは甲州より始まる、初めて天目山へ参詣多かりし時、所の民参詣の諸人に食を売りけるに、米麦少なかりしゆえ蕎麦をねりて旅籠とせし、其後饂飩を学びて今の蕎麦切とはなりしと、信濃人の語りし。 |