蕎麦全書 巻之中  寛延四年 日新舎友蕎子 著
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手製蕎麦家法

深大寺挽抜そば、手前にては挽抜そばといふ上物を用ゆ。是も人々好嫌ひ同じからず、其人々の好むに随て用ゆべし。若挽抜なくて、そば粉を用ひて手製する時は、随分吟味して小麦粉のまじりなく、至極上々の御膳粉と云ふを用ゆべし。粉屋処々に多し。多くは小麦の粉をまじへ入るよし、撰び用ゆべし。粉屋の名高き者有り。箕輪石戸屋、浅草信立寺門前の甲州屋、上野屏風坂浜名屋、谷中感応寺裏門前黒田屋、堀江丁一丁目粉屋次郎兵衛の類也。

石臼の中へ入、擣砕きて至極細末とす。 石臼にて挽て粉にするもよし。しかし擣砕きて粉にするは、はたき粉とて格別よろし。挽て粉にする時は、挽抜の中に殻のとれずして黒きものをよく撰り出し、青き物斗りを用ゆべし。扨一番篩の粉斗りにては、煉る時うるほひなく、製するに切れて打にくし。

二番粉を一つに合せ入るれば、滋潤ありて打能き者也。甲州などにては二番粉をいかがのわけにや、せめ粉と云よし。兎角、風味の宜敷は二番篩の粉也。其わけは、一番篩の粉には皮とくと挽けず、そばの中心ばかり粉になる也。二番挽にて皮付の肉、上皮共に粉になるなり。此二番粉の風味甚よし。至極うるほひ有て、なばりつよし。予是を考るに、そばに不限、うるほひ油の有りて風味宜敷は、皮と肉の間也。魚鳥の類にても身所斗りは、余り却て味ひよかざるもの也、油膩有りて甘美なるは、皮と肉との間に有り。是にて思ふべし。

 附
愚按ずるに、漢方に牽牛子を用るに、頭末を用ゆる事也。此頭末と云に諸説あれども、頭末と云は初め篩し粉という事にて、一番篩也。気味軽くして、其俊利の過甚を防ぐ意と見へたり。

予、蕎麦挽抜を粉にするより、其そばの形よく牽牛子に似たりと思い付しより発明したり。未是非をしらずといへども、家の業にする事なれば、不斗思ひ付てそばの上には曾て不入事なれ共、爰に記し置ぬ。

密絹篩にて是をふるふ。
飛羅のもの、大きによし。飛羅とは、絹篩にてふるひて、篩の蓋や四方へ着きてある粉也。是を飛羅麪と云ふ。亦、うは粉、とび粉共、微塵粉共云なり。至極よろし。しかし平生用るには、飛粉ばかり多くは貯へがたし。至極細篩にて能念を入れ、ふるひたるを用ひて可なり。

大概そば粉一升に、生熱湯二合半斗入れて木鉢の中にて、竹の大筋を以て攪まじへ、後手にて是を煉る。是をでつちといふ。随分よくでつちるがよし。若し堅めに思ふ時は、生熱湯を手の扁に浸し煉り合す。若やはらかに思ふ時は、そば粉木鉢の中へ少づつふり入れ転し、手にて練りまじへ、能かげんにする也。もし一概に生熱湯を入れ、亦は急に粉を入るる時は、或はかた過ぎ、亦はやはらか過ぎて、程よく出来ぬ者なり。其内初めやわからにして、後に粉を入るはよし。初めかたくして後に湯を入るるは、煉りかげんよく出来ぬ物也。

是、予が練りかげんの口伝也。能練り合せて餅のごとくにして後、臼の中へ入れ、百杵程能擣合せまじゆるなり。 若やはらかなる好む者には、一升に暖水三合斗にて煉るべし。若こはきを好む者には、二合少余入てねり候がよし。但少口伝あり。必拘泥すべからず。

もし臼の中にて擣ざる時は、手にてよく煉合せ、熟すべし。随分とよくでつちざる時はよろしからず。

麪板の上に置、手に扁に円くし、粉をふり、麪棒にてのし、余程薄くなりたる時、粉をむらなくふり、棒に巻き向ふの方へ転し、前へ引巻てはひろげひろげて、度々のす時は、次第次第にのびるなり。厚紙六七重に薄くなりたる時、ひろげてむらなく粉をよくふりて、三四重にたたみ、端の方より細く切るなり。切様は扁ならざる様に、四角になる様に切るべし。細太の不出来様に気を付くべし。扨鍋に湯をたぎらし、沸湯の中へ入れ蓋をし、大概二沸三沸程煮るなり。

煮る事、必ず二ふき三ふきの数には拘はるべからず。或は二ふき半、或は三ふき。只、予が家製には一沸を嫌ふ也。其故は、そば未煮熟故なり。前に云通り、多く鍋中に入るる時は、二ふき也。少なく鍋中に入れ煮る時は、三ふきなり。夫故、ふきの数には拘はらず、其煮かげんのよろしと思ふ時取出す也。煮かげんのよろしと思ふ時節の見様、口伝なり。

冷水の中へ投じ入、水四五遍換へて能洗ひて、水の清浄にに成るを度とす。

其水清潔なる迄洗はざる時は、粘りさらずして、乾して後粘着する物なり。よく水の澄む迄洗ひ、亀の甲ざるの中へ揚げ、又二三反も上より水をむらなく懸ると、よくねばり去る物なり。

其後、亀の甲ざるの中へ揚げて、又水を二三遍むらなく懸る也。洗ふ斗りにて上より水をかければ、とくと粘着さらぬ物なり。外にぬるき湯を桶に入置て、此湯の中へざるの中のそばを投じ入れ、直に取揚げ、亦ざるの中へ入れ、冬なれば熱湯、夏の時節なれば大概の湯をむらなく二三反、四五遍もむらなく上より懸け、其上に布巾を懸け、亦其上に染板を蓋にして少時乾かし置き、水気を去り重筥の中へ入れ、布巾を懸け気のもれざる様によく蓋をして、綿入の小蒲団に包み、小半時斗りも置也。能むれてさらりと乾き出来るなり。

是予が家製の法也。

蒸すと云にざるに入れて煮鍋の上にのせて蒸し乾すも有。或は蒸籠に入れて蒸し乾すも有り。家製には熱湯を懸けて重筥の中へ入れ蒸し乾す也。

伝へ聞、土田氏と云人有。そば好寄にて、手製を好み色々工夫し、蕎麦の具など様々こしらへ、蕎麦の手製自賛なり。故に人々を招き度々振舞けるに、仕方に替る事はなけれ共、とかく出来不出来有て意に任せず。大きに是に気をなやみ、何れにもそばの製は仕にくき物なりとて、其後そばの具など人々に遣はして、蕎麦の手製を止めたりとぞ。

深く心を用る時は如斯殊勝成事也。是等を大なるそば好寄とは云ふべし。何程仕様を覚へ居ても、かげん物なれば定って能は出来ぬ物也。とかく手煉していつとなく自ら十度が十度ながら出来る様になくては、真の蕎麦上手とはいはれず。只日々手自製するより外はなし。自然と得るの日あらん而已。尤そば加減も人々の好嫌ひあれども、十人が十人、百人が百人誰が口にも合ふ様に製するを蕎麦手製の奥義とするなり。

 
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