もり・ざる・せいろ2 

  2010年 4月15日
   
 

 そば屋のお品書きを見て不思議だなあと感じたことはありませんか。 たとえば「もりそば」があって「天ざる」があって「鴨せいろ」があるお品書きです。「天ぷら」+「もりそば」が「天ざる」で、「鴨」+「もりそば」が「鴨せいろ」ですが、なぜ「天もり」ではなくて「天ざる」なのか?なぜ「鴨もり」ではなくて「鴨せいろ」なのか?

どこの店のお品書きにも見られる普通のことですが、考えてみれば不思議です。今回はそんなそばのネーミングの不思議について考えてみます。

 ところでぶっかけそばで、ぶっかけそばというネーミングは10年くらい前までは無かったのではかないかと申しました。

私の記憶では、「ぶっかけそば」と同じものは「冷やしナントカ」とか、または大根おろしが入ることが多いので「ナントカおろし」と呼ばれていたようにおもいます。(もちろん今でもそう呼んでいる店ありますし、ぶっかけと冷やし両方置いている店もめずらしくありません)

 とりあえず、そばについて書かれた1990年代の本に、「ぶっかけそば」の名前があるかどうか確かめてみることにしました。

  • 『ベストオブ蕎麦』(文芸春秋)1992年
    北海道から沖縄まで、161軒のそば屋を紹介したガイドブックですが、『ぶっかけそば』はありませんでした。
  • 『そばうどん麺料理』(旭屋出版)1993年
    全国の有名店のそばとうどん200品が掲載されていますが、これにもありません。
  • 『そばうどん25』(柴田書店)1995年
    年1回発行の飲食店経営者向けの雑誌です。これにもありませんでした。
  • 『そばうどん26』(柴田書店)1996年
    これにもありませんでした。
  • 『そばうどん27』(柴田書店)1997年
    これは、手もとに無いので未確認です。
  • 『そばうどん28』(柴田書店)1998
    ここまできてやっと「ぶっかけうどん」を見つけました。
  • 『そばうどん29』(柴田書店)1999年
    これにはありませんでした。
  • 『そばうどん30』(柴田書店)1999年
    1999年になって、ついに柴田書店そばうどんに「ぶっかけそば」がでてきます。

ということで、やっぱり「ぶっかけそば」1990年代の後半から一般的になったもののようです。 もちろん断言はできません。すくなくとも1990年代以前には一般的な名前ではなかったようです。

 ここからはただの想像です。1995年ころに讃岐うどんブームがありました。このときに関西や首都圏に進出した讃岐うどん店の「ぶっかけうどん」が、そば屋のお品書きにも取り入れられて「ぶっかけそば」になったのではないでしょうか。

さてと、何を言いたかったというと、そば屋は他の店で売れているものは、すぐに取り入れてしまうということです。うどん屋で「ぶっかけ」がはやっていると見ると、すぐに取り入れてしまいます。

結果、従来の「冷やしナントカ」と「ぶっかけそば」が仲良く並ぶお品書きになってしまいます。

なぜそんなことをするのかといえば、マーケティングでいうところの同質化戦略(ミート戦略)なんですね。「同質化」というのは「差別化」の反対語です。「差別化」は、よその店では食べられないものを出すことによって、ほかの店より優位に立とうという作戦です。

その「差別化」に対抗するのが同質化戦略です。 つまり、ライバル店に「これはここでしか食べられないよ」といってお客を集めている料理があるとします。この店だったらコレっていうような名物は、ひじょうに強力な武器になります。ましてや、そこでしか食べられないとなるとなおさらです。

しかしその料理をコピーして取り入れれば、ライバル店の「これはここでしか食べられない」という優位性はたちまち無くなります。料理には特許権も著作権もないのでやったもん勝ちです。これが同質化です。

このときに名前もそのままコピーされます。なぜならば、ネーミングに売れる秘密がひそんでいることが多いからです。

つまり、「もり」「ざる」「せいろ」の混在するお品書きは、元々「もり」を売っていた店が、よその店ではやっていた「天ざる」や「鴨せいろ」を、ネーミングもそのままに取り入れたからそうなってしまったということだと思います。

どこの店にも見られる「もりそば」「天ざる」「鴨せいろ」が並ぶチグハグなお品書きにも、熾烈な競争の歴史があるですね。

  参考資料 :
『そばうどん』(柴田書店) 
『ベストオブ蕎麦』(文芸春秋)
『そばうどん麺料理』(旭屋出版)
 

 
   
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