蕎麦全書 巻之上  寛延四年 日新舎友蕎子 著    
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深大寺蕎麦の事

深大寺 開僧満劫上人、法相宗也。仁王四十五代正武皇帝天平五酉年開寺也。清和天皇貞観二年、七村を寄附し玉ふ。今は台宗也。寺領四十石。江戸より行程六里。末寺八十ヶ寺ありとぞ。近年世上に深大寺蕎麦流布し高名なるにや、十八年以前官家よりそばの事を有御尋けり。その時の住職云。五十年斗り以前上野大明院様御時、境内より作り出せるそばを献ぜし事あり。其蕎麦を被召上しに、其風味甚他に異なりとて、御風聴甚しかりとなり。其時より名高くなりしと也。近辺より多く作り出せども、境内の蕎麦は少し異成形ありとなり。深大寺境内蕎麦作れる処は、二ばかりの処なりとぞ。

八月初旬には一升一銭目五分程に売出せしに、十五日には一倍の価なり。武江繁栄の地のしるしなり。亦按ずるに、多年信濃そばとて人々賞翫して最上の品とす。然るに、近年武州府中深大寺境内より作り出せる物、至極の品なり。夫故、其近辺にて作り出せる物を、凡て深大寺そばと称して売買す。至極よろし。其色潔白にして、其味至極甘美也。故に諸人、深大寺そばと称して大きに賞翫する、其中に好事の人は、深大寺そばの甘味なるを重しとて嫌ひ、却て奥州南部より出るそば、其味淡くして、其性の軽きを好む人あり。然れ共、当時凡て深大寺そばを上品とす。其実充満して、粉となして甚多し。南部そばは、挽抜一升を磨して粉七八合ならではなし。深大寺蕎麦は、挽抜一升をまして粉一升一二合になるなり。其実入りのよろしき故也。是にて其味の甘美なる事、推してしるべし。

性最も霜雪を恐る。故に、信州以北の諸州の産、亦佳なりとせず。其苗の高さ二三尺、赤き茎、緑の葉、蔦の葉に類して小さく、小白花を開く。繁密にして雪のごとし。実を結ぶこと累々として、三稜有り。初め緑にして、老ひて黒色となる。これを杵て殻を去り、是を磨してとなし、篩に飛し、極めて細かにし、熱湯或は水を用ひて練りて、平団餅子となす。

 

 

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