蕎麦全書 巻之上  寛延四年 日新舎友蕎子 著
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蕎麦仕様概略の事

予按ずるに、惣じてそばの製し様、家々に色々の仕方有ておなじからず。即近来、手自これを製して、其仕方の善悪をためし見る。それ故、蕎麦好寄なる人に委敷尋求めて詮議し、其中にて又々用捨し、毎日製し試みる故に、手製そばの仕方よく覚へたるなり。故に、此巻の末に予が手製の法を残らず委敷記して、世上の蕎麦好寄なる人と是を共にする而已

粘し堅からしめ、拗棒にて頻りに是を拗し、別に撒きるに麺粉を以し、拗棒に粘着せしめず、巻てこれを捍し、至極薄くして是を放ち攤げ、畳む事三四重、端より細かに切細筋条となし、沸湯に投じて煮る。久敷煮る時は硬く、少く煮る時は軟かなり。

予按ずるに、当時多く至極細きを佳なりとす。しかし是等の類は、真のそば好とは云がたし。只其製し様の能きを知る斗りにて、蕎麦の本意をしらざる也。亦、間に太そばと云て至極粗大成を好む人あり。是等は人々の好嫌ひと云物にして、皆そばの本意にはあらざる也。故に予常に人々に難じて云、至極細きは素麪に似たり。亦至極粗大なるは温飩のごとし。皆蕎麦のふとみならず。そばは自然とそばのふとみあり。余りふとからず。亦余り細からず、これを蕎麦のふとみとするなり。亦久しく煮て硬くなり、少く煮て軟なりと世の人も多く覚へ居る事、大なる誤りなり。

そばの硬と軟なるは、初めねり合する時の加減、亦細きと太きにもより、煮て洗ひ熱湯を懸る時のかげんによれり。久敷煮る時は却て軟になる物也。蕎麦の硬軟は彼是のかげんにして、煮る事の多少によるべからず。近来ためし見てよく知れり。予も始めは右のごとく覚えて、常に一ふきにして製したり。尤やはらかなるを好む故也。

或日柊屋何某に逢る。もそば好寄にて、常に製するよし。其家法を委敷尋しに、尤一ふきにてやわらかに出来ると云へども、ぬめりありてとくさっぱりとかはかぬ物なり。一ふきにてなま熟しなる故なり。三ふきにして能煮熟したるがよし。久しく煮て硬くなると云事なしとなり。予、大きに帰伏して、其後は其通り製するに、大きによろし。硬と軟なるは、煮かげんの多少にあらざる事を能知れり。

其中もし多く入れて煮る時は二ふきよし。少く入れて煮る時は三沸よしと也。其故は、多く入るる時はふき遅し。其間に能煮熟する故に、二ふきよし。少く入るる時はふき早し。故に三沸よしとなり。尤二ふき三ふきの数に強て拘はるにもあらず。煮かげんのよろしと思ふ時に取り出すなりと、至極尤なる事也。故に予、此法を用ゆ。一段とよろし。

意に随て取出し、或は冷水にて洗ひ、或は温湯にて洗ひ、是を蕎麦切とす。滌浄し水に漉して、是を食ふには汁を用ゆ。

予按ずるに、そばの硬軟は是を煮るの多少にあらざる事決せり。爰に意に随て取出すと云者は、大に煮成の正法なり。起敬すべし。意に随ふと云ものは、是を煮るの多少によりて硬軟をなすにあらず。自然と煮熟の度あるなり。

故に予が家製、一ふき二ふき三ふきの数に拘はらず、兎角よろしと思ふ時、意に任せて取出し、先冷水の中へ入れ洗ふ事四五遍にして、其水の清浄を度とす。洗様不足なれば、ぬめりて乾かして後粘着てよろしからず。夫よりぬる湯の中へ入れ、早速取出し亀の甲ざるの中へ入れ、むらなくうすくして熱湯をよく懸け、其上に布巾を懸け、亦其上に塗物の盆か折敷など蓋にして暫時置て、重筥の中へ布巾を敷、是へ移し入れ、上にも布巾を懸け、蓋をして小蒲団に包み、小半時斗置候へば能熟し乾きてよし。

按ずるに、一法に水に浸し器物の中へ入れ、其食する時に水の中より取出し椀中へ入るる事有り。水付きてよからぬもの也。何国の風にや、当境にても折節角する人も有り。先はすくなし。

其汁、味噌のたれ汁一升、好酒五合、拌ぜ匀へ、乾鰹細片四五十を煮る事半時斗り、慢火によろしからず、緩火によろし。蒸し熟し、塩・溜醤油を以て是を調和し、再び温るを以要とす。

予按るに、汁の製し様、人々の心次第なるべし。此汁の製し様、至極委細なり。今麪店家の汁、此法の類ひなるべし。

別に蘿蔔汁・華鰹・山葵・陳皮・番椒・紫苔・焼味噌・梅干等の物を用ひて、蕎麦切及汁に和し是を喰ふ。蘿蔔汁辛辣なるを以て勝れりとす。

 

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