予按ずるに、大根のしぼり汁辛辣ならざるは、悪敷者なり。是も人々の好嫌ひ有る物なれば、一概には云ひがたし。間に、しぼり汁を嫌ふて曾て用ひざる人あり。亦汁には入れざれ共、折々そばを食する間々少づつ吸う人も有り。先は、しぼり汁を好む人、十人に八九人也。
亦大根も其種類多し。随分吟味して擇び用ゆべし。秋より冬の間、春の初め迄は辛辣なる物もあれども、春の末、夏の時節に辛辣なる物少し。浅草道光庵にて用ゆる赤山大根と云物、至極よろし。武州川口善光寺辺のよし
是武州忍領にて作り出せるうじしり、又は鼠大根と云と同物なり。是も夏の時節甚少し。兼て貯へ置べし。
山葵も宣敷物也。しかし、是は大根の辛辣なる物なき時、しぼり汁の替りにする事なり。乍去、是も人々の好嫌ひありて、大根より山葵を好む人もあるなり。
紫苔は、予など余り好ずといへども、世上好む人多し。夫故、手前には一つの仕様有り。浅草海苔の上品を撰み、是を巻きて端より細く多葉粉を切るようにして、紙の上にて能くあぶり乾し、役味の中に用ゆ。其様甚雅にして、其味ひも大きによし。
梅干は今余り用る人なし。世上広き事なれば、今も用る人も有るべけれ共、余り見当らぬ也。或人の云、奥州辺などにては蕎麦温飩には兎角梅干を定て付ると也。
近来胡桃を付て蕎麦の間に食すれば、腹をすかしてよしとて、人々好む事也。
今又役味に生葱を定て用るなり。昔は用ひざる事にや、しらず。此訳巻末役味の品を委敷解し置たり。此事をしるし置。見合すべし。