蕎麦全書 巻之中  寛延四年 日新舎友蕎子 著
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蕎麦気味甘く、微にして毒無し。或は曰也。は平和なり。主治、気を降し腸を寛ふし、腸胃の滓穢を練り、或は積滞を去り、及び水腫・白濁泄痢上気、或は気盛に湿熱有る者に宜し。又小児の天吊・歴節風に用ひて治す。 世に所謂そばを多く食ふ時はを動かし、そば切を食して湯に浴すれば、必卒中厥倒すと、或は蕎麦の性温、多く食すれば癰疔の毒を発すると云へり。予意に是を疑ふ。そばの性平にして微寒、気を降し、腸を寛ふし、滞を消する時は、稀れに是を食せば何ぞ風を動かすの理あらんや。毎に是を食ふ時は、に只風を動かす而已ならんや、必ず腸胃を損傷せん而已脾胃虚寒の人、強て是を食する時は大きに元気を損じ、風気を待ずして厥倒卒死せん。剰え湯に浴して気を漏らさば、いよいよ不起の廃に至らん。諸本草共に、性温といはず。直指方に曰、一切腫毒癰疽発背及び瘡頭黒凹を治すと。呉瑞は、小児丹毒亦腫熱を治すと。然る時は、癰毒を発ざる事を知るべし。予常に試みるに、酔飽の後除食耐へず、只そば切二三椀を食する時は、気を下し食を推し胃を開き腸を寛ふす。旧を送り新を迎へて可也。或人云、そばよくを逐う。故に疝を治する第一の薬也と。是又、気を降し腸を寛ふし滞を煉るの理、過食して疝を発する者は尚速に治すべき而已。本朝食鑑原文

予按るに、たとへ毎にそば食すと云へ共、少しく食せば如斯の害有るべからず。或説に曰、譬脾胃虚弱の人、亦は少々病恙有る人也共、少々食して害をなすといふ事なし。今世の人を見るに、そばを好むと云へば、過食強食して腹充満せねば止めず。夫故、折節は中傷する者有り。

東垣脾胃論にいへる事有り。温麪大きに禁ずべし。乍去若是を食して腹意の能を覚へば禁ずる事なかれとなり。是、東垣脾胃を調るの法也。是等の説を見てよく考ふべし。病人さえ如斯。増して平生無病の人など、前の通の害有るべからず。都て害をなす事、只蕎麦には不可限。其過食強食して害をなし中傷するを、そばの性よろしからず、害有りなど言ふは、そばのわけしらぬ人といふべし。譬、日々食すと云とも少づつ食する時は決して害なきなり。

予往昔、魚肆松崎氏何某の宅に通る事有り。何か談義の次でに、そば好嫌ひの事を云出せしに、彼も大きに蕎麦好にて、大方毎日食すといへり、しかし過食せず。世上に云、盛替四つ五つ程食すなり。そば好寄と云ふにも、人々替りある物かな。

 

 

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