もり、ざる、せいろ 

  2009年8月1日
 
せいろ
そば蒸籠
 



 「もり」と「ざる」と「せいろ」。どれも同じような物ですが何が違うのでしょうか。ちょっと歴史を紐解いて考えてみました。

■ もり誕生
 この3つの中かで最初に登場したのが、「もり」という名称だと考えられています。江戸中期にそばに汁をかける「ぶっかけ」が流行します。そうすると、注文が混乱しないように単に「そば切り」とか「そば」と呼ばれていた従来の汁につけて食べるそばに名前が付けられます。それが「もり」だったのではないか、というのです。

最初の頃の「もり」は平椀という皿のような食器に盛っていたのではないかといわれています。まもなく江戸では「もり」も蒸籠に盛りつけるのが普通になりますが、地方では幕末ころまで皿に盛りつけるが普通だったようです。

■ ざる と せいろ は そばを盛るうつわ
 「ざる」と「せいろ」というのはそばを盛りつける食器のことです。ざるは竹で編んだ笊をそばを盛る食器に転用したもの。せいろは蒸し物料理に使う蒸籠(せいろう)をそばを盛る器に転用したものです。「せいろ」の が省略されて「せいろ」になりました。蒸籠にそばを盛るというアイデアは、そばを蒸すという調理法が江戸初期にあったので、ごく自然に生じたものと思われます。

■ 迷走するざるそば
 竹ざるに盛った「ざる」を最初に出したのは江戸郊外のリゾート地、深川洲崎(現在の江東区木場洲崎神社)の伊勢屋であったといわれています。このころは竹ざるにそばを盛りつけただけで、海苔はかかっていません。これが評判になって江戸の町中に「ざる」をまねをする店が増えていきます。

しかし、竹ざるにはそばを盛った状態で重ねて運ぶことができないという欠点がありました。出前の多いそば屋にとっては大問題です。そこで、「ざる」も「ざる」の名称のまま重ねて運ぶことのできる蒸籠を使うようになります。さぁて、このあたりからややこしくなってきましたね。

 では、なぜ蒸籠を使っているのに「ざる」と言い続けたのか。1つに「ざる」という名称がお客に定着したので変えられなかったのではないでしょうか。「ざるの出前を願いします。」と注文がきたときに、「ざるじゃありません。蒸籠に変えたのでせいろです」とは言いにくいですよね。

もう1つの理由に、「差別化」というマーケティング戦略があったのではないかと私は考えています。「差別化」というのは、他店との違いをお客にアピールする商売のやりかたです。

つまり、「ウチのそばは、ヨソ様のもりなんていう安物とはぜんぜん違います。高級な ざる なんですよ。」と言いたいがために「ざる」と言ったのではないかと。そのあたり、現代の手打ちそば屋が、竹ざるに盛っているのに「せいろ」と言っているのに似ています。

 では、「ざる」の何が高級だったのでしょうか。それはそばつゆではないかと私は思っています。『蕎麦の事典』(新島繁)によると、ざる汁はもり汁に御膳かえしを加えてつくるとあります。御膳かえしとは、ふつうのかえしに同量のみりんを混ぜたものです。

つまり、ざる汁というのは普通のそばつゆより、高価なみりんを贅沢に使った甘くて濃厚味だったようです。いまではこういうざるそば専用のざる汁を作る店はほとんどなくなりましたが。いまでもちょっぴり海苔をのせただけでざるが100円も高いのは、もともと「ざる」のほうが高級だったなごりです。

 では、なぜスペシャルな濃厚ざる汁が廃れたのか。時代がくだりると、もりだけだった大衆店でも「もり」と「ざる」の両方をあつかうのが普通になります。たぶん注文間違いを防ぐためだと思いますが、見た目で区別しやすいようにそばに海苔をかけるようになります。この海苔が原因ではないかと思っています。

実験してみたのですが、そばに海苔をかけた場合、海藻である海苔にすでに塩分が含まれているのと、海苔がつゆを吸収することで濃いざる汁では味が濃くなりすぎるのです。

さてこうして、蒸籠に盛り付けて、海苔をかけて、つゆも特に濃いわけではない、という近代的なざるそばが文明開化の波に乗り全国に広まりました。

■ もりとせいろ
 では、「もり」と「せいろ」の違いは?というと、これは難しいですね。違いはまったくありません。その店がもりと言っていれば「もり」、せいろと言っていれば「せいろ」なんだとしか言いようがありません。

やっぱりこれも高級感をアピールするための差別化マーケティングかなと思います。つまり、安物イメージのある「もり」という名前を嫌って、あまり一般的でなかったために、まだ手垢がついていなかった「せいろ」という名前を採用したのではないかと。本当のところはわかりません。

店それぞれの事情がありますので・・・

参考資料 : 
蕎麦の事典(新島繁著 柴田書店) 
そば・うどん百味百題(日本麺類業団体連合会編 柴田書店) 
近世風俗史(喜田川守貞著 岩波書店)
現代語訳「蕎麦全書」伝(藤村和夫注解 新島繁校注 ハート出版)

 

 
   
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